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JAみなみ信州における「市田柿」のブランド化とGI登録

 

長野県の南部、飯田下伊那郡の各市町村および上伊那郡飯島町、中川村に古くから伝わる伝統加工品の干し柿「市田柿」が、平成28年7月に農林水産大臣登録第13号としてGIに登録された。当地域で育まれた伝統と特性を持つ加工産品が、国の特定農産物として認証されたことは、この地域および「市田柿」生産者の意欲を高め、今後の生産拡大や品質向上が大いに期待できると感じている。

 

「市田柿」の歴史

当地域は諏訪湖から流れる天龍川の河岸段丘がつくった「伊那谷」と呼ばれる中山間地特有の地形に圃場が点在している。天龍川両岸の水田地帯を除けば、耕地面積の少ない段々田んぼや蚕糸栄華時代の桑畑から改植したりんご、なし、柿の果樹地帯である。

鎌倉時代弘安元年(1278年)には、日蓮宗の開祖日蓮聖人にも干し柿を贈呈するなど、渋柿の皮をむき、串に刺して干し柿とする「串柿」の食文化があったと文献に残っている。江戸時代に入ると「串柿」の栽培・加工が盛んになり、柿の本数で年貢を課す柿相米(かきあいまい)があった。当時は飯田市立石地区の「立石の串柿」が天龍川を下り遠く江戸へ、馬で名古屋・岡崎に出荷された。地元の古刹、立石寺には江戸から奉納された絵馬が現在も残っている。

現在の「市田柿」は、高森町下市田にある伊勢社の柿(伊勢講が盛んだった頃、伊勢から持ち帰ったとされる)の焼柿(渋柿を焼いて食べる)が旨いとの評判を受け、接ぎ木で増えた系統から選抜された優良品種である。大正10年に「市田柿」と改称されてから約100年近い歴史を持っている。昭和に入り、栽培技術や硫黄くん蒸技術が向上し現在のような白い粉を吹く、もっちりとした「市田柿」ができ上がった。

 

ブランド化の取り組み

皮むきの機械化と衛生管理

現在、当地域では販売額約50億円の「市田柿」が生産、販売されており、生産者は3,000人を超えている。昭和の時代は手動皮むき機で皮をむき、軒先に干す「柿すだれ」が、冬の風物詩としてどの農家でもみられたが、温暖化の影響で平成10年以降はカビの対策に悩まされた。

こうしたなか、JAみなみ信州では、「市田柿」の「安全・安心」を確保するため、平成6年以降に「市田柿」用全自動柿むき機を業者と開発し、生産環境を整えていった。平成10年以降は生産者に対し防除暦や作業シートの提出を義務化し、15年以降は作業場所の衛生面をチェックするために全戸訪問を開始した。

その後、JAでは数々の問題解決に向けた専任体制が必要と感じ、平成19年に「柿課」を設置して生産指導を強化した。温暖化の影響からか柿の乾燥時期(10月下旬~11月)に降雨が多く、しかも気温も高くカビが毎年多発した。特に内部(針を刺した部分)のカビの割合が高かったので、平成23年以降には脱針全自動柿むき機を数社と共同開発し、地域全体に柿の内部に針を入れない「脱針」を義務づけた。

生産量の維持・確保

農家の高齢化にともない生産量の低下がJAの柿部会で懸念され始め、パック詰めの労力を軽減するためにバラ出荷を望む声が多くなってきた。そこでJAは、平成15年に出荷施設「柿の里」を建設し、農家がバラ出荷をできるようにした。平成21年にはJA農業出資法人「㈱市田柿本舗ぷらう」を立ち上げ、農家の手が回らない圃場の管理や収穫をサポートするとともに、生柿での受け入れを開始した。また、優良遊休地には「市田柿」を新植し、現在20haの圃場を管理している。

平成25年には「柿の里」の事業内容を拡大するため、新たに集出荷施設「市田柿工房」を建設し、生柿からの機械乾燥や選別、パッケージの自動包装を可能にし、農家をサポートしている。

現在、「市田柿工房」では生柿300t、バラ出荷の「市田柿」300tを受け入れ、小売店の価格、量目、品質ニーズに合わせたPB商品を中心の約60アイテムのパッケージを製造販売している。28年度の売上も7億円を超える実績をあげた。

商標登録による地域ブランドの保護

「市田柿」は平成に入り健康食品として認識され、徐々に高級干し柿としての地位が確立し始めた。一方、この頃から中国産の模倣品や粗悪な「市田柿」を扱う販売者が出てきて、「市田柿」に対する消費者からのクレーム・問い合わせも多くなってきた。そこでJAでは、平成18年に同地域を管轄とする下伊那園協とともに「地域団体商標」に登録した。いわば、JAの出荷者だけに限らず、地区内す

べての生産者を守る手段であった。また、「地域団体商標」だけでなく、「市田柿ブランド協議会」を立ち上げ、行政、販売業者、パッケージ業者も登録し、「地域ブランド」として、地域全体を守る体制も構築していった。

さらに、平成28年には「地理的表示保護制度(GI制度)」を取得し、「市田柿」の品質、産地を保護した。

 

GI登録

GI申請から登録に至るまでには約1年がかかった。当地域の「市田柿」は生産者3,000人、販売高50億円、生産地は飯田市、下伊那郡、上伊那郡を合わせ16市町村の行政区におよぶ。

また、GI登録後の「市田柿」の出荷にあたっては、すべてのパッケージにGIマークを付けることが必要となるため、多くの取扱業者へのパッケージ変更の依頼など、煩雑でハードルが高い点も多かった。しかし、今後、長きにわたりこの地域ブランド「市田柿」を後世に引き継いでいくという基本を崩さず、GI本来の生産地や品質保持を守る意義について、各取扱業者の理解を得ることができ、GI登録が実現した。

 

今後の取り組みと課題

今後は「市田柿」の甘く、もっちりとした品質を維持するため、温暖化などに耐えうる技術改良や機械化に取り組み、後世に受け継いでいくことが重要と考えている。

加えて、消費者のニーズに合わせた商品や形態、パッケージデザインの開発にも力を入れていかなければならないと感じる。

「市田柿」は、歴史的背景、職人技の加工工程など国内外に発信できる加工品と自負しており、海外への「スペシャルティフード」としての輸出も視野に入れた展開も今後行っていく。


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